同じ土俵には上がらない、成長すること

flower05ふと、子供の頃少しの間いじめられていたときのことを思い出しました。

どこにでも“親切な人”というのはいるようで、私がいじめられる前に、「もしかしたら、いじめられるかもよ。」 と、教えてくれた子がいました。どうして、その時点で、彼女は止めてくれなかったのだろうと思ったりもしたけれど、その子の言葉通り、その後、いじめというものが始まっていきました。
でも、不思議なことに、というか、これが大きな救いだったのですが、私をいじめているグループの子たち以外は、いじめが始まる前と何も変わらず、私に接してくれました。
“何も変わらず”というのは、“可哀想な子”を守るというようなことではなく、それでいて“傍観者”というのともまた違っていて、本当に自然に接してくれていました。でも、今思うと、私の知らないところで何かしてくれていたのかもしれません。そうであるなら、本当に嬉しいことです。
私は私で、「いじめって何??」という感じだったし、いじめているグループの子たちと話したこともなかったし、そのいじめの行為事態も、直接相対してのものではなかったということもあって、いじめの行為自体はとてもショックでしたが、それに抵抗することも、沈み込むこともせず、そのままただ流していました。
今思うと、この頃の私が、精神的に最強だったかもしれません。
その後、はじめて話しかけられた子からの突然のたった一つの質問に答えた私のたった一言でいじめはぱたりと終わって、それによって、何で私がいじめられていたのかがわかったのですが、人間って本当に不思議だなぁ、と思ったのは、中学生活も終わりに近づいてきたころ、そのいじめていたグループの子たちが、突然、私に話しかけてくるようになりました。会話の内容は、なんてことないことです。空気もやわらかくて、普通の同級生との会話という感じで、いじめについて触れることもなく、“何事も無かった”かのようでした。だから私も、“何事も無かった”ように接しました。

私はこの経験で、人間は、心のありかたで全く変わってしまうものなんだということを知りました。
そして、同時に、“集団”の怖さも知りました。支配するものと、支配されるものがいる“集団”です。それは、リーダーの一言で、黒も白に変わってしまう。力によって、個々の想いが抑えつけられる。人数が多くなると、間違ったことも、正しいことだと思い込んでしまう・・・・・。

どうして、そうなってしまうのでしょう?

度々、いじめについてのニュースを耳にしますが、私の場合、私の心の中が、全部 “いじめ”というものに染まっていなかったこと、そして、周りの人たちも、“いじめ”に染まらなかったことが、よかったのだと思います。

問題は、心のあり方なのです。
そして、いじめをする子にも、何かしらの心の傷が、満たされない何かがあるのではないでしょうか。自分で、自分の心のコントロール出来なくなってしまって、それで、そのうまくいかないことを自分以外の人に向かう“いじめ”というカタチをとってしまうのかもしれません。自傷行為に向かう子もまた。
だから、いじめられた子のケアだけでなく、いじめをした子のケアも、同じくらい大事なことなのではないでしょうか。

見方を変えれば、“生きること”を、必死で探しているのかもしれません。
自分のいる世界がどんどん広がっていくと、自分と他者を認識して、自分と他者の間に線を引くようになる。社会というものがどんどん迫ってくるように感じたり、経験が一気に増えることで、期待と不安が駆けめぐる。
いろんなことを信じる一方で、いろんなことを否定する。
強すぎる生ゆえに、死に憧れる。
眩しすぎるがゆえに、汚したくなる。
自分がここに存在しているという実感が欲しくて、人を自分を傷つける。
子供と大人の狭間で、アンバランスなグロテスクさと生きることへ真っ直ぐに向かうキラキラとした輝きが痛々しいほどむき出しのこの時期。それが、とても美しい。

でも、それはこの時期だけのこと。成長して、別の美しさを手にします。

当たり前のことですが、いじめをなくそうと思うのなら、先ず、自分がいじめをしないことです。いじめをしている人に同調しないことです。
例えば、ママ友の間で、仕事場で、あるいは家庭の中で、いじめは起きていないだろうか?
他者をどう見ているだろうか? 自分をどう見ているだろうか?
自分の内にある悪と向き合ったことがあるでしょうか。人を悪と思う心が悪なのではないでしょうか。そして、その心が外に悪を生み出しているのではないでしょうか。
人をどうにかしようとするのではなく、自分のあり方に取り組むことが、結局、物事を良くする近道なのではないでしょうか。

子供の犯罪がショッキングな出来事として、ニュースで取り上げられます。ショックではありますが、私は、大人が犯罪を犯す方がゾッとします。大人なのに、どうして・・・・・? と。
子供たちは、いろんな経験をして学んでいます。大人たちは、何をしているのでしょうか。
大人なのに、どうして、奪い合い、殺し合うのでしょうか? いつまで・・・・・?

反抗期は、もう終わらせて、愛について考えてみませんか?
そこに全てがあると、私は経験を通して知りました。