混沌から世界を創る

4in1今、writingで「バース・クライ The Birth Cry of the New World」を書いていて、そこに挿し絵も載せていますが、それを、4色が1本になっている色鉛筆とクレヨンで描いています。
これを使ったことのある方はわかると思いますが、自分の意図した通りにはいかないわけです。ある程度コントロールできるけど、思わぬことろで別の色がニョキッとあらわれます。キチンとさんには、なかなか厄介な画材です。でも、私はそれが楽しいのと、これから道なき道を進むのにはピッタリと想って使ってます。

自分の予想とは別の色が飛び出してきても、そこで投げ出さずに続けていくと、そのうち良い感じになっていきます。飛び出してきた色が、良い感じに手を繋いでくれていることに気づきます。

小さなカオスを握って、真っ白の世界に、いろいろな形の世界を創っています。

はて、この想像・創造は、どこからくるのだろう?

昨日ふとテレビをつけたら、NHKで司馬遼太郎さんの「この国のかたち」を取り上げた番組が流れていました。
私は、読んだことがないし、結局最初から最後まで番組を見ていないのですが、私が見た時間の中で、「日本人は、無思想の思想を持っているのだ」 とありました。何か一つの決めた思想を持って生きるのではなく、いろんなことを柔軟に受け入れて変化させながら生きていくのだと。

一つの考え方や生き方だけでは、何か大きな変化が起きたとき、あたふたしてしまうんじゃないだろうか。でも、多様な、柔軟な考え方や生き方であれば、その時々でうまく対応できるんじゃないだろうかと想います。
そして、すべての多様なものの中・背後にある、または、何かが起きる・出来上がる前にある“  ”と繋がっていれば、ふらふらと流されるだけにならずにいられるんじゃないだろうかと想います。一つである多がわかっていれば。
だから、何か問題が起きたとき、その度に新しいルールを作って対処するのではなく、問題の根本に何があるのかを探すことの方が大事なのではないでしょうか。

やっぱり、私たちは、新しい思想を覚えるのではなく、思い出すだけでいいんじゃないかと、排除すればいいのではなく、それぞれを尊重しながら全体のために変化しながら進んでいく。それがいいなと想いました。

さまざまな思想のカオスの中で、何も無い世界に、色とりどりの鮮やかな世界を生み出していけばいい。
すべての中心に、完璧な秩序を持って。

世界は、美しい。

それでは、私はクライとルルルについて森へ行ってきます。

はて、この想像・創造は、どこからくるのだろう?