遠い記憶との対面と新たな出発へ向けての眼差し

memoryofwar今年は、今秋開催する個展の準備と我が家の新たなスタートへ向けての準備との同時進行で頭も身体もフル回転中なのですが、嵐の中の引っ越しを終えて少し落ち着いたので、久しぶりに記事を書きたいと想いました。

家族が増えて、減っていく。築40年を過ぎた我が家は、その役目を終えようとしています。
引っ越しのため、開かずの間状態だった押入れをどんどん開けていきました。押入れを開けると、まるで封印が説かれたように、その時のいろんな瞬間の匂いが一気に吹き上がりました。
20代の頃の私は、終活に励んでいたので、その頃の私のモノはほとんど残って無いのですが、0才から中学生までの絵や作文や書道の作品がきれいにファイリングしてあるものが次から次に出てきました。そんなことをしてくれていたのかと感動と嬉しさが込み上げてきました。そして、私が保育園に行っていた頃の、園の先生と母との小さな「連絡ノート」も数冊出てきました。そこには、全く記憶に残っていない私が元気いっぱいに生きていました。
そして、その幼い頃の私に、とても元気づけられました。もっと自由でいいんだと、そのままでいいんだと、大人になった私は、やっぱり偏った頭の使い方をしていたなと、あらためて気づかせてくれました。
小さなお子さんのいる方は、子供のちょっとしたらくがきでも何でもとっておいてあげたらいいんじゃないかなと思いました。私のように盲目の大人になりかけたときに、再び目を開くことができるように。
押入れから出てきたものは、もちろん私のものだけではありません。私の生まれる前の家族のモノもたくさん出てきました。私の知らない頃の父、母、兄、祖父、祖母、たくさんの親戚の顔。そして、特攻隊員だった叔父のモノ。戦時中のモノだと思われるその重厚な布とそこに右から書かれた叔父の名前。重くひんやりとした黒い金属の箱は、戦争の資料館で見るようなモノで、それが実際に我が家にずっとあって、私はそれをずっと知らずにいて、そして、どうして父はこれを大事に持っていたのかと訊きたいけれどもう答えを聞くことはできないもどかしさを抱えながら、私はそっと触れたました。手からビリビリと何かが伝わってきて、私の心臓は、ドクンと大きく鼓動しました。そして、これまで一面的な平面だったものが、多面的な立体になっていくような感覚に包まれ、また世界が大きくなった気がしました。

今、大大大掃除を終えて、スッキリすがすがしい気持ちでいます。でもそれは、要らないモノをたくさん捨てて単純にスッキリしたというのではなく、過去と向き合ったことで得られた、新たな出発へ向けた眼差しをスッキリと力強く与えてくれるものでした。

個展「A Song of Twin Suns」の開催まであと約2カ月となりました。みなさんを迎える準備も順調に進んでいます。
いつも来てくださる方々、前回の展示会にて芳名帳に記入していただいた方々、連絡をくださる方々へDMをお送りしますので、もうしばらくお待ちください。
久しぶりの方々も、はじめましての方々も、ご来場お待ちしています。

それでは、また。

ENJOY YOUR LIFE !