私と世界の観察日記―旧世界と新世界の狭間にて―」カテゴリーアーカイブ

誰の物語の中にいるのだろう? 本当の望みは何だろう?

yellow03歴史家: 「私の書いた本だ。書いてしまえば、それが歴史だ。」「私の最新作、フランス革命の本だ。」
王子さま: 「真実なの?」
歴史家: 「(What?)」
王子さま: 「真実」
歴史家: 「・・・・・つづりは?」

(参考:映画「The Little Prince ―星の王子様―」スタンリー・ドーネン監督、字幕翻訳・篠原有子)

私たちは、誰かがつくった物語の中にいるのだろうか?

永遠なのか本当か 時の流れは続くのか
いつまで経っても変わらない そんな物あるだろうか
見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部
でたらめだったら面白い そんな気持ちわかるでしょう

答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方
涙はこそからやって来る 心のずっと奥の方

「情熱の薔薇」 作詞・作曲:甲本ヒロト

これまで教えられてきた事は、本当のことだろうか?
私は、誰を演じているのだろう?

「ですが結局」 と若者は困りはてて言う。「結局、あいつは牡牛の頭なのです。怪物です、自然界の奇形です、人間を生贄として要求するものです!」
「どこから、そういうことを聞いたのですか」 と娘は穏やかたずねる。
「そうゆう噂です。みんながそう言います。王女様の御父君も。いや、あいつを産んだ御母君までもが」
「ええ、そう、昔からよくある話、いつもの」 と彼女はうんざりしてこたえる。「昔からよくある話によって、みんなは善悪の区別をしようとする。だが世界の記憶のなかでは、すべてはひとつで、必然なのです」
そして短い沈黙のあと彼女がつけ加える。「そして、もしも私たち人間がずっと前に世界の記憶をすべてなくしてしまっているとしたら、世界の記憶はすべてどこへ行くのでしょう?」
「ですが、ぼくより先にこの扉を通った者たちは」 と若者は混乱して叫ぶ。「あいつに呑みこまれてしまったのです!」
「私たちはだれの記憶もありません。その人たちがどうなったか、どうして私たちにわかるのですか?」
若い闘牛士が立ちあがる。顔が褐色の肌のしたで蒼ざめ、眼が熱に浮かされたように輝いている。「彼らがどうなったのか、ぼくがきっと見きわめます!」
だが娘はふたたび首をふる。「かわいそうだが、おまえも英雄にはなれないでしょう。英雄は、人びとが物語るもの。だから英雄は、英雄のことを物語る者と同じ夢、同じ話のなかにとどまらねばならぬ。だがわれわれの記憶は、この敷居までしかとどかない。敷居をまたぐ者は、われわれの夢を見捨てたことになる」

(参考:岩波書店「鏡のなかの鏡―迷宮― <30>」ミヒャエル・エンデ作、丘沢静也訳)

これまで、感動をよぶ物語は、どんなストーリーだっただろう?
・・・・・まずは、困難な状況や、苦労する場面。そして、そこから這い上がったり、救われる物語が多い気がする。
ヒーローが登場する物語には、他にどんなキャラクターが登場していただろう?
・・・・・やっぱり、悪役が登場して、最後には、その悪役をやっつける物語が多い気がする。

善と悪。光と闇。
お互いが必要で、がっしり手を繋いでいるようだ。
でも、その光は、本当の光だろうか? その悪は、本当に悪いだけなのだろうか?

この物語を続けようか? それとも、別の物語を綴ろうか?

登場人物たちは、みんな同じような顔や体型で、同じような性格にしてみよう。
舞台は、どこに行っても同じような土地で、変化のない日々にしてみよう。
この設定で、どんな物語が書けるかな?
・・・・・ホラーなら書けそうだけど、想像する範囲は狭くて、あんまり楽しくない感じがする。

じゃ、登場人物は、みんな個性豊かな存在たちにしよう。
そして、舞台も変化に富んだ場所にしよう。
この設定なら、どうだろう?
・・・・・何だか、楽しそうだ。次は何が起きるだろうかと、ドキドキワクワクしながら、想像を広げて書けそうだ。

それから、たくさん殺すことが、自己犠牲が、何かを奪って勝ち取ることがヒーローではないのがいいな。 ・・・・・だって、敵はいないもの。
感動をよぶ物語が、不幸自慢や、悲しみや苦しみから生まれるものではないのがいいな。  ・・・・・だって、不幸な人はいないもの。
自然を敵にしないのがいいな。 ・・・・・だって、一緒に生きているんだもの。

誰かがつくった物語を抜け出したら、そこで、何を見つけるだろう・・・・・?

さて、どんな世界の物語を綴ろうか? どんな役を演じようか?

「わたくしが望みを統べる君と呼ばれていることは、知っているでしょう。」 まろやかな声がいうのが聞こえた。「さあ、どんな望みがありますか?」
バスチアンはちょっと考えてから、おそるおそるたずねた。
「ぼく、いくつまで望みをいっていいんですか?」
「いくらでも好きなだけ。――多ければ多いほどいいのです、バスチアン。それだけファンタージエンが豊かに、さまざまな形になるでしょう。」
バスチアンはこの思いがけない申し出にどぎまぎしてしまった。突然無限の可能性が目の前に開けてみると、望みはかえって一つも出てこなかった。
「ぼく、わからないな。」 バスチアンはとうとういった。
しばらくしんとしていたが、やがて小鳥のようにやさしい声がいった。
「それは困りましたね。」
「どうしてですか?」
「それではファンタージエンが生まれないからです。」
バスチアンは途方にくれてだまった。すべては自分しだいだということは、無制限な自由をたのしんでいるバスチアンに少し迷惑なことだった。
「どうしてこんなに暗いんですか、月の子(モンデンキント)?」 かれはたずねた。
「始めというものは、いつも暗いのです、バスチアン。」

(参考:岩波書店「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ作、 上田 真而子、佐藤真理子訳)

誰かがつくった物語を抜け出して、自分の物語を生きてみませんか?

勇気を出して。

暗闇に、何を見ますか?
静寂に、何を聞きますか?
自由を手に、どこへ行きますか?

宇宙は、いつでも、あなたの望みを待っています。

バスチアンはライオンに宝のメダルの裏に記された文字を見せてたずねた。「これは、どういう意味だろう? 『汝の 欲する ことを なせ』というのは、ぼくがしたいことはなんでもしていいっていうことなんだろう、ね?」
グラオーグランマーンの顔が急に、はっとするほど真剣になり、目がらんらんと燃えはじめた。
「ちがいます。」 あの、深い、遠雷のような声がいった。「それは、あなたさまが真に欲することをすべきだということです。あなたさまの真の意思を持てということです。これ以上にむずかしいことはありません。」
「ぼくの真の意思だって?」 バスチアンは心にとまったそのことばをくりかえした。「それは、いったい何なんだ?」
「それは、あなたさまがご存じないあなたさまご自身の深い秘密です。」
「どうしたら、それがぼくにわかるだろう?」
「いくつもの望みの道をたどってゆかれることです。一つ一つ、最後まで。それがあなたさまをご自分の真に欲すること、真の意思へと導いてくれるでしょう。」
「それならそれほどむずかしいことも思えないけど。」 バスチアンはいった。
「いや、これはあらゆる道の中で、一番危険な道なのです。」 ライオンはいった。
「どうしてだい?」 バスチアンはたずねた。「ぼくは怖れないぞ。」
「怖れるとか怖れないとかではない。」 グラオーグランマーンは声を荒げていった。「この道をゆくには、この上ない誠実さと細心の注意がなければならないのです。この道ほど決定的に迷ってしまいやすい道はほかにないのですから。」
「それは、ぼくたちの持つ望みがいつもよい望みだとはかぎらないからかい?」
ライオンは尻尾でそばの砂をぴしゃりと打った。そして耳を伏せ鼻にしわを寄せた。目は火を吹いていた。つづいてグラオーグランマーンがまたあの大地をゆるがす声を発したとき、バスチアンは思わず頭をすくめた。
「望みとは何か、よいとはどういうことか、わかっておられるのですかっ!」
それにつづく何日か、バスチアンは色のある死からいわれたことをくりかえしくりかえし考えてみた。だが、考えてもわからないことはたくさんある。そういうことは経験しなければわからないものだ。ずっとあとになって、バスチアンはいろいろの経験をしたのち、グラオーグランマーンのことばを思いだし、やっとそれがわかりはじめたのだった。

(参考:岩波書店「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ作、 上田 真而子、佐藤真理子訳)

誰かがつくった物語を抜け出して、自分の物語を生きてみませんか?

勇気を出して。

本当の望みは、何でしょう?
何をするためにに、ここへ来たのでしょう?

 

 

必要なことだけを

sun旅行に行ってきた人に見せてもらったパンフレットの片隅に、こんな言葉がありました。

DOING NOTHING IS DOING ALL

―「倉敷珈琲館」パンフレットより。

行動をすることが、世界を動かす全てじゃない。

そこに、エゴが入っていたらどうなるだろう?
自分が善いことだと想ったことでも、別の人にとっては善いことではない場合もある。

何もしないことが、世界を動かすこともある。

世界が、世界自身で世界を動かす。
それによって、それぞれの治まるべきところに治まることができるのではないだろうか。

行動をすることが、全てじゃない。

エゴと、本当の意志を見極めなければいけない。

「いいかね、アレン、何かするということは、簡単に石ころでも拾って、投げて、あたるかそれるかして、それでおしまい、などと、そんな、若い者が考えるようなわけにはいかないんだ。石が拾い上げられれば、大地はそのぶん軽くなる。石を持った手はそれだけ重くなる。石が投げられれば星の運行はそれに応え、石がぶつかったり、落ちたりたりしたところでは、森羅万象、変化が起きる。何をしても、全体の均衡にかかわってくるんだ。一方、風も海も、水や大地や光の力も、それから、けものや緑の草木も、すべてこれらのなすことは首尾よく、正しく行なわれている。いっさいは均衡を崩さぬ範囲でな。暴風や巨大なクジラの潜水に始まり、枯葉が舞い落ちたり、ブヨが飛んだりするのまで、こうしたものは何ひとつ全体の均衡を崩したりはしないんだ。ところが、わしらときたら、今いる世界や、人間同士たがいを支配する力を持っており、そうである限りわしらは、木の葉やクジラや風がその本性にのっとって、ごくごく自然にやっていることを、その気になって学ばなければならない。わしらはどうしたら均衡が保たれるか、それを学ばなければならないのだよ。知性があるのなら、あるように行動しなければ。選択が許されているのなら、それなりの責任を持って行動しなければ。ほめたり、罰したり、そりゃ、このわしにその力がないわけではないが、しかし、そんなことをして人間の運命をいじくりまわすなんて、このわしがいったい何者だと言うんだね。」
「だけど、それなら、」 若者は星空をにらんで言った。「その均衡というのは、何もしないでいれば保たれるというのですか。必要なら、たとえその行為の結果のすべてを予測できなくても、人は踏みきってやってしまわなければならないのではありませんか?」
「心配するな。人間にとっては、何かをすることのほうが何もしないでいることより、ずっと容易なんだ。わしらはいいことも悪いこともし続けるだろう。・・・・・しかし、もしも昔のように、また王があらわれて、大賢人の意見を求め、このわしがその大賢人だったら、わしはこう言うつもりだ。『殿よ、何もなさいますな。そうすることがよきことと思われますゆえ。殿がなさらねばならぬこと、それしか道がないこと、ただそれだけをなさいますように。』・・・・・。」
大賢人の話す声には、思わずその顔を見つめずにはいられない何かがあった。アレンはそのわし鼻を、傷跡の残る頬を、黒く、鋭く光る目を見やった。大賢人の顔は今、再び神々しく輝いているように思われた。アレンは敬愛と、畏怖の念を抱いて大賢人をながめ、(この方は自分などの手の届かないところにおられる)と思った。ところが、じっと大賢人の顔を見つめているうちに、アレンはじっと、その顔を照らすものが、人間の顔をしわまでも消してくまなく照らすあの冷たい魔法の光ではなく、自然界の光そのものであることに気がついた。夜が明けたのだ。朝の日の光が今あまねくあたりを照らし始めたのだ。大賢人の力より、さらに偉大な力があったのだ。

(参考:岩波書店「さいはての島へ ゲド戦記Ⅲ」ル=グウィン作、清水真砂子訳)

必要なことだけを。

自分の思考と行動に責任を。

関係のない人などいないのだから。

 

 

自由へ

drop子どもの時 夢見たこと
今も 同じ夢に見ている
この大空に翼を広げ 飛んで行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ
翼はためかせ

「翼をください」 作詞:山上路夫 作曲:村井邦彦

自由とは、何だろう?
今、自由に生きているだろうか?

冬の夜の闇の中で
われらの目は夜明けの兆しを求める
凍てつく足枷をはめられていても
心は太陽を渇望する
こんなにも濃い闇に目を覆われ、
こんなにも固く縛りつけられていても
魂はそなたに呼びかける
われらの光に、われらの火に、われらの命になれ、
自由よ!

(参考:河出書房新社「ヴォイス 西のはての年代記Ⅱ」ル=グウィン著、谷垣暁美訳)

自由になりたいと言う人は、本当に自由を望んでいるだろうか?
どうして、自由になる方法を学ぼうとするのだろう?
自由について教える本や人があって、そこに書かれていることだけ、その人が言っていることだけに従えばいい、それ以外は間違っている。そうすることに、自由があるだろうか?
自由は、自分の自由を得るために、他人の自由を奪うことじゃない。
自由は、何かによって得られるものじゃない。
自由とは何かを知らなければ、たとえ、自由な世界になったとしても、それは苦痛になるかもしれない。

富をわたしは軽蔑する
愛も軽蔑してあざ笑おう
名誉欲は一夜の夢
朝の訪れとともに消えさった――
もしわたしが祈るとして くちびるを洩れる
祈りはこれしかない
「わたしの心はいまのままに
そして自由を与えたまえ」

※エミリー・ブロンテの詩

(参考:サンリオSF文庫「夜の言葉 <『世界の合言葉は森』序文>」アーシュラ・K・ル=グイン著、スーザン・ウッド編、山田和子・他訳)

自由は、どこにあるのだろう?

自由は、逃げ出すことじゃなく、向き合うこと。
そこで、大きな力を知る。

自由は、いつか掴むものじゃなく、誰かがくれるものじゃなく、ずっと手にしていたもの。
そこで、大きな愛を知る。

自由は、孤独と責任を伴う。
そこで、大きな成長を得る。

孤独といっても、それは、盲目的な集団意識から離れることであり、全体から切り離されるのではなく、むしろ、もっと深くて高い全体と一体となること。

「落ちることを学んだら、おまえは落ちることはないだろう。上もなければ下もない。だのにおまえはどこへ落ちるというのだ? 天体の星はたがいに接触することなく、それぞれの軌道で均衡をたもっている。星たちは親戚どうしだからな。私たちの場合だって、そうあるべきだ。私の一部は、おまえのなかにある。私たちは、おたがいでささえあうのだ。他のものに、ささえられることはないだろう。私たちは輪を描く星。だからすべてを捨てるんだ! 自由になれ!」
「どうすれば、おまえの言い分の正しいことがわかるんだ?」 と君は絶望して呼びかける。
「おまえ自身を出発点にして」 と彼はこたえる。 「なぜなら私はおまえのなかにあり、おまえは私のなかにあるからだ。真理ですら、真理どうしでささえあっていて、なにかにもとづいて立っているのではない」

(参考:岩波書店「鏡の中の鏡―迷宮― <10>」ミヒャエル・エンデ著、丘沢静也訳)

多くのサポートがある。
多くの残してくれたものがある。

でも、それは教えられるんじゃなくて、自分で気づくこと。
そうでなきゃ、何になるだろう?

そして、それは、いつかじゃなくて、今気づくこと。
だって、はじめからここにあったのだから。

さあ、自由を手に、どこへ行く?

翼を与え、心を燃えたたせるのは誰か
運命をも死をも恐れさせぬものは誰か
あの鎖を解き、あの堅牢な扉を
こわして外に出してくれるものは誰か
世紀、年、月、日、時
時間の娘と兵士ども ― そしてこの
館には鉄もダイヤも通用せぬ
それを可能にするものは情熱のみ
そこで私はしっかと翼をはって空中にとび立つ
水晶もガラスの壁も恐れずに
空を切って無限へと翔ける

(参考:岩波書店「無限、宇宙および諸世界について」ブルーノ著、清水純一訳)