世界との関係を再び取り戻すために

「早く歩きすぎた」とインディアオは話した。「だから、われわれの魂が追いつくまで、待たなければならなかった」
わたしたち、つまり工業社会の“文明”人は、この“未開な”インディオから多くを、とても多くを学ばなければならないと思う。外なる社会の日程表は守るが、内なる時間、心の時間に対する繊細な感覚を、わたしたちはとうの昔に抹殺してしまった。ここの現代人には選択の余地がない。逃れようがないのだ。わたしたちはひとつのシステムを作り上げてしまった。ようしゃない競争と殺人的な成績一辺倒の経済制度である。一緒になってやらない者は取り残される。昨日モダンだったものが今日は時代おくれと言われる。舌を垂らしながら、わたしたちは他の者を追いかけ、駆けているが、しかしそれは狂気と化した円舞なのだ。一人が駆ける速度を高めると、みんな速く走らなければならない。それを進歩とよんでいる。

(参考:岩波書店「エンデのメモ箱 <考えさせられる答え>」ミヒャエル・エンデ著、田村都志夫訳)

時々、思う。
私たちは、何をそんなに急いでいるのだろう? 何に対して、そんなに必死に合わせようとしているのだろう? と。

確かに、急がなくちゃいけないという感覚はある。それもだいぶ危機迫った感じで。でも、それは何かを開発することや規則を作らなければならないというのではなくて、もっと根源的なものが脅かされているという切迫感。
世界はどうなってしまうのだろうと、不安に感じている人が一層増えてきているからなのかもしれない。大規模な自然災害だけではなく、人の心が壊れてしまっているのが、多くの人の目に見えるように表に出てきているのだし。でも、不安に思うってことは、気づいたってことでもある。だから、このままじゃいけないと立ち上がろうとしている人もいよいよ増えてきているのかもしれない。

奇妙にも、聖書に同じような文章を見つけた。「世界を手に入れても、魂をきずつければ、何の得だろう」(「マタイ福音書」十六章二十六節)。ああ、魂がなんだというのだ! 魂など、とうの昔に道すがらどこで忘れてきてしまった。未来の世界は完璧に楽で、完璧に本質を喪失した世界になるだろう。そう思いませんか?

(参考:岩波書店「エンデのメモ箱 <考えさせられる答え>」ミヒャエル・エンデ著、田村都志夫訳)

便利さを優先してきた結果、ちょっとでも不便なことがあるとすぐに苛立つ。ちょっと前までそれがなくても苛立つことなんてなかったのに・・・。レンジでチンで、何がわかるだろう? それは、身体を心を健康にするだろうか。料理をすることでも、気づくこと、学べることはたくさんあるのに・・・。何でも手っ取り早く簡単に、というのは、とても乱暴で暴力的にも感じる。「時短、時短!」と嬉しそうに言うけれど、豊かさまでも削り取ってしまってはいないだろうか、と心配になる。
最近「丁寧な暮らし」というものが見直されてきているのは、今までの暮らし方はどこかおかしいのではないかと気づき、本当に心を豊かにしてくれることとは何なのだろう、と考えはじめた人が増えているからなのかもしれない。
もちろん、新しい開発をしない方がいいってことじゃない。心を伴った、世界との関係性を保ったものができれば、とても嬉しい。

百年以上にわたって、ヨオロッパはただもう研究と、工場の建設ばかりやってきた。かれらは、人間ひとり殺すのに、何グラムの火薬がいるかということは、くわしく知っている。しかし、どうやって神に祈るかということは、知らないんだ。どうやったら、一時間でも満足していられるかということさえ、知りやしない。

(参考:岩波文庫「デミアン」ヘルマン・ヘッセ作、実吉捷朗訳)

われわれは自然に帰る道を再び見つけ出さなければならない。この道がどこにあるのかを、ひとつの単純な考え方が教えてくれる。確かにわれわれは自然から切り離されてしまった。しかしわれわれはそこから何かを内なる自然として自分の本質の中に持ち込んでいるに違いない。この内なる自然を見出さなければならない。そうできれば、関係が再び見出されるであろう。

(参考:ちくま学芸文庫「自由の哲学」ルドルフ・シュタイナー著、高橋巌訳)

土に触れよう。太陽に手をかざそう。新鮮な水を飲もう。土は、汚くないよ。太陽は、教えてくれるよ。水は、繋いでくれるよ。
ほら、聞こえるようになったでしょう? これが、この星の、この宇宙のうた。
急がず急ごう。風は吹いている。黄金の風が、今。
あなたの内で力強く鼓動するもの、底なしに温かく輝くもの。
ほら、見えるようになったでしょう? これが、世界。本当の自分の姿。
急がず急ごう。風は吹いている。黄金の風が、今。

私たちは、世界を変えた。だから、これからだって変えられる。一人一人の選択で。

そんなに情報集めてどうするの
そんなに急いで何をするの
頭はからっぽのまま
(中略)

襟足の匂いが風に乗って漂ってくる
どてらのような民族衣装
陽なたくさい枯れ草の匂い

何が起ころうと生き残れるのはあなたたち
まっとうとも思わずに
まっとうに生きているひとびとよ

(参考:小学館「永遠の詩02 茨木のり子 <時代おくれ>」高橋順子選・鑑賞解説)